狂人作家         黒田幻の日記

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黒い影

 母は、子供の頃から、よく黒い影を見る、と言っていた。

 それは、いつも、何メートルか先をサッと横切るのだそうだ。

 たったそれだけなのだが、母にとっては、それが現れるのはとても怖い事だったらしい。

 私が黒い影を見たり感じたりするのは、いつも寝入りばなか夢の中で、完全に覚醒している状態だった事は無い。でもそれは、やはりすごく怖かった。

 夢のパターンは、いつも同じだった。

 自分が実際に寝ているのと同じ場所、同じベッドや布団の中で、夢の中でも寝ている。

 視界が独特で、景色がモノクロームに見える。

 そういえば、夢はモノクロであるという人の方が多い、というのを何かの本で読んだが、私が普段見る夢はフルカラーであった。信号機が青に変わったとか、妹がショッキングピンクの服を着ていたとか、色に関して覚えている事が多かった。

 影が現れる時の夢はモノクロで、質感も、ざらざらとした紙に、ごく柔らかい鉛筆でデッサンしたような感じに周りが見える。

 そして、自分が実際に寝ている部屋と寸分もたがわぬ景色なのであるが、いつも、ただ一点だけ違っている所があるのだ。

 例えば、実際のその部屋には無いはずの柱時計があったり、その時代には姿を消しているような旧式の(自分が幼稚園児だった頃まではあったような)ストーブがカンカンと燃えていたり、ベランダに、洗濯物がハタハタとひらめいていたりするのだった。

 寝ている自分の側に、誰かがやってくる、そして、布団の下に手を差し入れたり、お祈りの時手を組むように(家は違うが、幼稚園がカトリックだったのだ)、指と指の間に指を入れて手を握ってきたりする。

 私は最初、それを母だと思っていたり、友人や、その時つき合っていた人だと思って安心している。(実際には、母や友人と、普段そういう手のつなぎ方はしなかったが)

 ところが、その寝ている部屋とやって来る人の組み合わせが妙な事に気づく。

 実家で寝ているのに、私の実家を知らない友人だったり、恋人の部屋なのに、そこを知るはずのない母だったり、という具合に。

 「えっ?じゃあ、この人は本当は誰?」と思って、顔をよく見て確かめようとするのだが、影のようになって見えない。

 急に怖くなって、目が覚める、というパターンだ。

 そして、すぐに目が覚める訳ではなく、その夢の時に限って、眠りの中に何か強力な力で引き込まれるように、なかなか目が覚めてくれない。怖いから、目を覚まそう、覚まそうと頑張るのだが、吸い付くように布団から起き上がれない、やっと起き上がったと思っても、空気が粘着するように重く、思うように動けない、と思ったらまだ夢の中だった。そうした事を何回か繰り返して、やっと本当に目が覚めるのである。

 寝入りばなの時は、また少し違っていた。

 20代前半の頃、撮影などで使う小物を制作する人のアシスタントのような事をやっていたが、徹夜して仮眠する時など、疲れている時に、よくそれは起こった。

 床で仮眠しようとすると、すぅっと、いくつもの影が、私の周りを取り囲むように、床の下から立ち昇って来るのである。

 影達は、やはり黒い人影のようなものとして感じられるだけで、顔は見えないのであったが、私をどこかへ連れ去ろうとしている、という意思だけは感じられた。

 寝入りばなにそういう気配を感じ、眠いのに、怖くておちおち寝られなかったが、そういうときの影達は、本格的に熟睡してしまうと現れないのであった。

 いづれも10代後半から20代の頃が多く、これらも、中年以降は全く無くなった。