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狂人作家         黒田幻の日記

    心理学・精神分析に興味を持っていた社会不適応者。ついに自分自身が精神病になる。    幻覚・幻聴実体験記「狂気」絶賛発売中!

電車の人身事故でいつも思う事

 遅れた事に腹を立て、飛び込んだ人間に対する罵倒の言葉が、乗客から聞こえてくる時が一番つらい。

 これは何もヒューマニズムの観点から言っているのではなく、私自身が幼児期~10代を、何のために生きているのか分からない、生きていたくないと思いながらずっと過ごしてきた事に由来している。

 死ぬ勇気が無かったから、ただずっと生きていたのだ。

 自殺できる人間は、私にとって羨望の的であると同時に、「生きていたくない」を共有する同情と共感の的でもあった。

 

 飛び込んだ人間に対する罵倒の言葉は、そのまんま自分に言われているように突き刺さる。今でもそうだ。

 

 延々と続く学校でのいじめ。

 登校を嫌がる私を、「ずる休みは許さない」と言って、家中を引き擦り、外に放り出す両親。

 学校から帰れば、今度は「一日5時間以上勉強しろ」と言って、後ろで見張る父。

 私の事を事細かに干渉し、全てに先回りしてレールを敷く癖に、いじめられていた事に対しては、全くかばってなどくれず、私が大袈裟であるかのように嗤う母。

 常にあった頭痛や腹痛。

 風邪で具合が悪くて寝ていても、私が常に勉強していないと腹を立て、「椅子に縛り付けておけ!」と母に怒鳴る父。

 

 中学の一時期、演劇部に入った事がある。

 父が怒り狂い、私が部屋でセリフの練習などしようものなら、「ヒーヒーヒーヒー変な声出しやがって!」そして辞めるまで、毎日「辞めろ!」「辞めろ!」と怒鳴った。

 「お前は将来、芸能界にでも入りたいのか?」と聞かれた事がある。

 私は「そうだ」と答えた。

 「お前には向いてない、辞めろ!」

 実際、自分には向いていなかったかもしれない。

 だが、私がそう答えた背景には、一部、自分をスクールカーストの底辺として見下している奴らを見返したい、という思いもあったが、多くの部分、演じる、という事に焦点が合っていた。

 私には性別違和があって、将来、OLとか主婦になって他の女性と女性ならではの会話をする所などが全く想像できなかった。

 だが、それらを全くの演技でもってするなら、なんとか出来るかもしれない、と考えていた。

 だから女を演じる女優になれば、自分でも女をやっていけるかもしれない、と。

 実際、こんな理由で女優に成れるものなのか、はなはだ疑問点が残り、父の「お前には向いてない」の方が正しかったのかもしれないが、それを否定された私には、将来何になりたいかが全く思い浮かばないのであった。

 

 高校になって、今度は医者になりたい、と漠然と思った。

 これも、世の為人の為という立派な心がけからよりは、小中学校時代に自分を馬鹿にした奴らを見返したいという気持ちの方が強かったのだが、それより強いのは、一体何の為に勉強しているのかの理由付けが欲しい、という理由だった。

 とにかく、派手で華やかな事は断固として反対する両親だ。

 あれほど「勉強しろ」としつこく言うのだから、お堅い、勉強に因んだ目標だったらいいのかもしれないとも思った。

 今度は、母が、「祖父の所へ行ってそれを言いなさい」と言った。

 この真意は何だったのか、とにかく良く取れば、家だけで医学部の費用を工面するのは難しいから、祖父に出して貰えないか頼んでみろ、という事なのかもしれないが。

 祖父は、自分自身が医学部に行きたくて、費用の点で挫折した人間だった。

 祖父は祖母に対してはDV夫だった。

 所詮DVをするような男が、孫に対して、自分が叶わなかった夢を援助してやろうなどと寛大な対応をするはずもなく、烈火のごとく怒り狂い、「お前は生意気だ!」「男と女では頭の出来が違うんだ!」と怒鳴り散らされた。

 女医さんだっていっぱいいるのに、男と女で頭の出来が違うとか言うのは理由になっていないが、とにかくまたもや「お前には無理だ」の一点張りだった。

 悪く取れば、母はこうなる事を予想して、私を祖父の所へ行かせたのではないか、と思えてならない。

 

 何のために勉強するのか、何の為に生きているのか、全くわからない10代。

 でも、とにかく「見返してやりたい」だけでガリ勉していた。

 

 高校は、私立の有名校へ入った。

 でも、全く楽しくなかった。

 自分と話や気の合う人間は一人もいなかった。

 外部から入ってきた人間は、各々の出身校で常に生徒会長とかやっていたような人達。

 エスカレーターで上がってきた人間は、とにかく派手で華やかな雰囲気を身に着けていて、貰っている小遣いの額が0一つ分違うような金持ちリア充

 私みたいに、小中ずっといじめられていたなんてスクールカーストの底辺は一人もいない。

 高校では、いじめには遭わなかったものの、行くと自分が惨めになるのは、むしろ小中学校時代以上だった。

 

 修学旅行とかもちっとも楽しくない。

 その全く楽しくない修学旅行の列車が事故に遭った。

 急ブレーキで止まり、「只今、子供が列車に飛び込んだため、急停車しました。」とのアナウンス。

 停まったままの車内に缶詰めになった高校生たちは、飛び込んだ子供をネタにして笑った。

 「お母さんに叱られたとかつまんない理由でしょ」

 「ウェ~ン、死んでやる~」

そういって飛び込む真似をする者がいると、皆からどっと笑いが起こった。

 

 私は皆から離れた席で、一人で泣いてしまった。

 劣等感とは無縁のリア充達が、死にたい自分を嗤っている。

 

 国語の男性教師が、私を見つけ、「君は優しいね」と言った。

 

 その後、その教師は、ぼっちでいる私を無断で写真に撮ると、

「よく撮れたよ」と言って、写真を手渡ししたりするようになった。

 そこには、全く制服の似合わない、無様でちんちくりんの醜い物体が写っていた。

 教師は、たぶん励まそうと思ってそうしたのだろうと思った。

 だから、彼の前では素直に受け取ったが、一人になると嫌悪感に耐えられず、破って捨てた。

 

 ある日、通学電車の中で痴漢に遭った。

 どんなヤツだか、顔を見てやろうと思って振り向くと、そこにその国語教師がいた。

 私は呆気に取られたが、彼は悪びれもせず、いつものように微笑むと、私が降りる、その学校のある駅で先に降りて行った。

 

 今でも、その時の光景が事実であるのか自信が無い。

 そもそも、今の私は、幻覚、幻聴を伴う病に罹患している。

 その兆候が当時からあって、幻覚を見たのかもしれないからだ。

 

 だが、その日以来、その国語教師を全く信頼しなくなった。

 

 友達もいない、信頼や尊敬できる大人もいない空虚な10代。

 

 今でも、人身事故で列車が止まる度、その頃の不快な記憶がよみがえる。

 

 

 

追記

 

 つい最近まで、人身事故の1位は自殺だと思っていたが、実は踏切が渡りきれなかったお年寄りが1位なのだそうである。

 ちょっと前も、慎重に、何遍も踏切が開いたり閉じたりするのを見送っているお年寄りを見かけた。

 足が未だ健康な世代には、踏切を渡るのが命がけのお年寄りの心境なんて、ほとんどの人はなってみなければわからないだろう。