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狂人作家         黒田幻の日記

    心理学・精神分析に興味を持っていた社会不適応者。ついに自分自身が精神病になる。    幻覚・幻聴実体験記「狂気」絶賛発売中!

津久井の虐殺事件について思う事

前の日記から一か月近くも間が開いてしまった。

 前回、前々回と都知事選の事を書いていたが、今回は津久井の虐殺事件について、気になっていた事を書いてみようと思った。

 

 自分的に印象が強烈だった事の一つに、犯人の入れ墨の絵柄があった。

 障害者へのヘイト、そして犯人自身も精神障碍者である事は、多くの報道が取り上げているが、個人的にあの入れ墨の絵柄が、頭から離れない。

 私は、タトゥーいいんじゃない派なので、入れ墨をしているからダメ的な見方はしないのであるが、あの異様な柄~おかめとひょっこ、そしてひょっとこの面がパカッと割れ、中から般若が出て来る絵柄は、多くの入れ墨をした人達を載せている雑誌とかを時々買っていても、今まで見た事がない。

 

 普通にやくざやヤンキーをしている人達は、そのまんま強そうな柄を入れるものだが、あの、ひょっとこの面がパカッと割れる図案は、一体誰が考えたのだろう?

 もしかしたら、私が知らないだけで、昔からある有名な絵柄なのかもしれないが、まず珍しい。

 私が思うに、本人が考案してそういう絵柄を入れてもらったのではないかと。

 

 昔の知人は一様に、「人当たりが良く、明るい性格」と言っていたが、本人にとって、それはずっと演技している仮の人格で、本当の自分はそうじゃない、という思いがずっとあった事をあの入れ墨で表明したのではないか、という気がしている。

 

 本音の自分を出せない、というのは、子供時代の自分にも心当たりがあった事なので、なんか気になるのだろう。

 

 とはいえ、私の場合は一見「地味で大人しそうで根暗」「でもパンクやヘヴィメタルが好き」という、久保キリコの漫画のツン太君やツグム君のようなキャラだったので、ある意味もっと分かりやすいキャラだった。

 大人になってからは、そのギャップをそのまんま出していたので、それで救われていたようなものだ。

 

 あの犯人は、私とは違って、明るく、誰とでも打ち解ける一面を持っていた。

 私のような人付き合いが不器用な者から見れば、そんな切り札を一枚持っている位なら、世渡りはもっと楽だろう、と思いがちだが、彼は彼で、たぶん怒りを隠し、おどけた役を演じながら、演技せざるを得ない自分に相当のいらだちと屈辱を感じていたのではないか。

 

 なぜ演技せざるを得ないのか?

 それは、自分が牙や爪を出したら自分より絶対的に強い存在に叩かれる、牙や爪は常に隠さなければならない、というのが根底にあるからである。

 

 子供の頃の私にとって、それは親であったり、いじめっ子等の存在であったり、親が教え込んだ価値観上での世間というもの(それは実際の世間の大人たちではなかった)だった。

 

 あの犯人にも、そうした存在があったのだろうと思う。

 そして、マグマのように地下に流れる怒りの噴出の矛先は、そうした逆らえない存在に対してでなく、一番弱い存在に向かった。

 

 世間をゾッとさせたのは、単なる場当たり的な弱い者いじめではなく、より強い者に媚びるという、自己の怒りを抑圧していた時と同じ精神構造のまま、怒りを解放し、それを正当化する手段を得た、というグロテスクさであろう。

 

 彼を抑圧していた何者かは、ヒットラーや時の政府に姿を変え、それらに媚びる形で牙や爪を出せる理由を見つけたのだ。

ヒットラーの思想が降りてきた」というのは、本当に文字通り降りてきたのであろう。

 

 これから、精神鑑定が始まると思うが、たぶん彼は、正義は力のみであり、弱さは悪である、という考えを幼少の頃から持っていたと思う。

 そして人生のどこかで、そうした強烈な刷り込みがあったのではないか。