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狂人作家         黒田幻の日記

    心理学・精神分析に興味を持っていた社会不適応者。ついに自分自身が精神病になる。    幻覚・幻聴実体験記「狂気」絶賛発売中!

たった今

向かいの家に救急車と消防車が来ている。

だけど、火の手が上がっている訳ではない。

向かいの家の誰かが倒れたとかだろうか…。

 

向かいの家には、私は申し訳ない事をした、という気持ちがある。

精神病の状態が悪かった時、向かいの家の人達が、常に自分の悪口を言ってゲラゲラ笑っている、という幻聴があって、私は怒って怒鳴り散らした事がある。

直接人には当たってないが、確か物も投げた。

 

その後、向かいの家の人達は、数日、数件先の近所の人の家に避難していたようだ。

 

それが、たぶん幻聴であった事は、そこの家のおばあさんの声が、悪口を言っていた頃に聞こえたのと、幻聴がだいぶ治まってから(そこの家の人達ばかりでなく、道行く人からの攻撃も少なくなってから)聞こえたのとでは、全然声質が違っていたので、「ああ、本当に幻聴だったんだ」とわかったのである。

 

悪口が聞こえなくなってから、私は幾度となく、謝りに行こうか、と考えたが、その度に、あの時の事をどう説明したらよいか、という所で、謝りに行けずにいた。

通っていたB型の施設の職員さんに相談しても、事情を全部話すのはかえってビビるからやめろ、と言われた。

それより、会った時に、それとなく挨拶してみるように、と言われた。

 

でも、私がその家の人だったとして、昔そのような事をしてきた人間が、きちんと謝りもせず、なれなれしく挨拶して来たら不快ではないのか、とためらってしまっていた。

 

結果、その家の人達とは、会っても素知らぬふりをしてやり過ごしていた。

 

うちのアパートは住人の入れ替わりが激しいし、私はその当時から体重が20kgも増えて、体形も人相も変わっているので、別の人と認識されているかもしれないが。

 

挨拶できない心理は、他にも、もしかしたら、悪口を言っていたのは本当で、挨拶なんかしたら、また話のタネにされて、攻撃がぶり返すかもしれない、という気持ちがどこかにあって、もちろん、そんな事はないという気持ちの方がずっと多いのだが、そうでない可能性も0ではない、と未だに思っているからである。

 

そんなこんなで気まずいまま、年月が流れて行ったのであるが、その家では、以前、かなりの老犬を飼っていた。

 

歩くのもままならない老犬に、せめてほんのちょっとだけでも、外の空気に触れさせてやろうと、時々家の前の数歩を歩かせているのも見かけた。

 

私は、そんな時も、老犬の面倒を最後まできちんと見る、こんなに優しい人達が、悪口を言っていた訳はないではないかと、後ろめたく思った。

 

最近では老犬の泣き声も聞こえなくなったので、たぶんもう死んだのだろう。

 

後ろめたさがありつつ、でももしかしたら本当に言われていたかも、という気持ちが0ではなく、向かいの家には、複雑な思いを抱いたままだ。