狂人作家         黒田幻の日記

    心理学・精神分析に興味を持っていた社会不適応者。ついに自分自身が精神病になる。    幻覚・幻聴実体験記「狂気」絶賛発売中!

介護、認知症に関して思う事①

 この事は、ここに書くべきか書くまいか、迷っていたのだけれど、やはり、認知症の人に対しては家族や近所だけでなく、社会全体の仕事としてケアできる体制作りが重要である、と切に思ったので、少しでも知ってもらう為に書くことにした。

 

 ここ最近、訳あって近所の足の悪いお年寄りの買い物代行や病院の付き添いなどしていた。

 話していると、とてもしっかりしているし、とても良いおじいちゃんだ。

 お弁当やみかんを買いに行けば、「お姉さんの分も一つ買ってきて」「寒いのに悪いねぇ」と気遣ってくれる。

 

 その方の事は、以前何度か見かけた事があった。

 本当に、すごくゆっくりとしか歩けなくて、「こんな状態なのに、自分で買い物とか行かなければならないのか。気の毒に。」と思っていた。

 ある夜、その方が、重そうな荷物を持って、というより、荷物を数センチ前の地面に置く、そして、もう片方の手で杖をつきながら、片足、もう片足を数センチずつ(誇張ではなく、本当に)ゆっくり前に出しては、また荷物を数センチ前に、という具合に歩いていた。

 私は見かねて、「良かったら、お荷物を運びましょうか?」と声をかけた。

 その方は、最初遠慮していたが、おずおずと「いいんですか。」と言った。

 私は、荷物を自転車の前かごに乗せると、その方の歩調に合わせて自転車を押した。

 荷物はごく軽いものだった。

 だが、歩調を合わせるのが本当に大変だった。

 自分ではごくゆっくり歩いているつもりでも、ちょっと油断すると離れてしまう。

 その方の自宅に着くまで(偶然、私のアパートのすぐ側だった)、チャリで往復5分と掛からない所を、本当に誇張ではなく小一時間もかかった。

 自宅が一軒家だったのが、意外でもあり、救いに感じられた。

 着くまでは、すごく狭くてボロいアパート住まいだろうと思っていたのだ。

 

 私は、その方の合意を得て、昔番号を教えてくれた民生委員の方に電話した。

 電話番号を教えてくれたのはずいぶん前だったが、つながって、その方の地区(私のアパートも同じエリアだと思うが)の民生委員を紹介してくれた。

 民生委員の方は、さっそく次の日に来てくれた。

 

 さっそく、介護認定を申請しましょうという話になり、認定が下りるまで2~3ヵ月かかるから、それまでの間、私が買い物を代行してもいいと申し出た。

 この時までは、足が悪いだけで、他には何の問題も無いと思っていた。

 

 民生の方が、「他に何か困っている事はありますか?」と言うと、

「申し訳ないんですが、足の爪が伸びて、それもあってますます歩きづらいんで、切ってもらえますか?」

と、靴下を脱いだ。

 

 その方の足の爪は、爪の病気で、とても分厚くなっていた。

 今は亡き父が、片方の親指だけであるが、同じ病気だった。

 爪の付け根に水虫の菌が入って、爪が分厚く変形する病気だ。

 それが、両足の全ての爪がその状態で、かなり伸びていて、足の皮も何層も剥けた状態になっていた。

 

 「これ、爪の病気ですよ。この厚さじゃ爪切りは入らないし…」

 「昔、病院からもらったペンチがどこかにあるんで…」

 「私が下手にペンチで切って、傷とかになっても…」

それも本音だったが、正直、移るのが怖かった。

 「これは、皮膚科で診てもらった方がいい。素人が切らない方がいい。」

そう民生の方が言ってくれたので、正直ホッとした。

 で、近々、近所の皮膚科に行く事になった。

 

 その後、民生の方が介護支援専門員の方に連絡してくれた。

 専門員の方が言うには、以前何度か見かけた事があって、車椅子の話もしたそうなのだが、その時は、まだ大丈夫、とか、この杖が気に入ってるから、とか言って支援を断ったそうなのだ。

 

 「車椅子で出る所を近所の人に見られたくない」と、その方は言う。

 皮膚科と、そのすぐ後に行く事になっている別の病院も、車椅子だったら介助できると思っていたが、それをどうしても使いたくないとなるとやっかいだ。

 あの近所のスーパーでさえ、小一時間もかかったのに、歩調を合わせて病院まで行くと思うと気が遠くなった。

 聞けば、その方は、月一の通院を、今まで、朝の7時に家を出て、11時の診察の為に4時間かかって行っていたらしい。

 結局、病院へはタクシーで行く事になった。

 

 前からかかっている病院はともかく、皮膚科はワンメーターちょっと位の所なので、わざわざタクシーを呼んで、そんなちょっとだと嫌な顔をされるんじゃという懸念があった。

 帰りもしかりである。

 なので、介護タクシーを手配して、帰りも電話したらすぐ来てくれるようにした。

 介護を売りにしている位なら、そうした事情にも理解を示してくれるだろうと思ったのである。

 私自身が通院で仕事の休みを取っている日に、私が病院から帰って来次第、皮膚科へ同行する事になった。

 

 そして、その当日。

 ズボンを履き替えるからと、私が台所に席を外していたが、なかなか出て来ないので、

「お手伝いが必要ですか?」

と声をかけ、ふすまを開けると、ジーンズを左右逆に足を入れて苦戦している所だった。

 だが、その事よりも、私はズボン下を初めて見て愕然とした。

 行く筋もおもらししたような跡、それが乾いて茶色い縞模様みたいになっていた。

 「あの、下着がかなり汚れていますけど、履き替えますか?」

 「でももう、タクシーを呼んでしまったから、すぐ来るでしょ?」

 こんな事なら着替えてから呼ぶべきだった。もう時間が無い。

 仕方なくそのままジーンズを履かせた。

 手が触れると、ズボン下も靴下もぐっしょり濡れていた。

 私は、悪いが、履かせ終わった後でこっそり手を洗った。

 

 皮膚科の待合室で待っている間、私は、その方にここで待っていて下さいね、ちょっと電話してきます、と言い、外に出た。

 支援専門員の方に事情を説明し、もう何カ月も下着を取り換えていない様子だった事を話した。

 待合室に戻ると、ヤンキーっぽい女が露骨に嫌そうな顔をして、その方を見ていた。

 私は、鼻炎持ちでやや鼻づまり気味の事の方が多い。

 だから、今まで気が付かなかったのだが、実際かなり匂うらしい。

 

 かなり混んでいたが、やっと呼ばれた。

 皮膚科の女医さんと看護師さんは、努めて冷静に、爪をペンチでパチン、パチンと切って行った。

 帰りは、薬局で塗り薬をもらって帰った。

 

 介護タクシーの運転手さんは、とても親切に接してくれていたが、帰り、その方を先に家の中に入れてから、私に言った。

「率直なお話、あの匂いは困ります。他の方も乗せるので。別の日にまた違う病院に行かれるというお話でしたが、匂いは何とかしてくれないと、私も引き受けられないし、他の仲間も紹介はできませんから」

 

 介護支援専門員の方は、

「別の病院へ行く日までに、なんとかお風呂に入れて着替えさせます」

と、言ってくれた。

 

(次回に続く)